序章 その壱 その弐 その参 幕引                                                                                
                  
                   
                               

その弐

                  
紐なしバンジージャンプを決めた私の背にあったのは、強打ではなくフカフカのクッションだった。おかげさまで8ミリも無事である。それにしてもこのクッションは何なのかと体を起こすと、、牛と目が合った。まさかとは思うが次の節句は牛ですとか言うんじゃないだろうな。
                  
「クッションはありましたがご無事ですかぁ~?」間の抜けた声が牛から発される。
喋ったわ…牛喋ったわ…。常識の無力さを噛み締めていると、「オイ!!久しぶりの女子だぞ!話しかけに行かなくてどうする、この意気地なし!!」と甲高い声と共に翼の音がバサバサと響く。どうやらカラスも喋るらしい。しかもなんだか下世話なカラスだな。よく見るとそのカラスは男の人の頭をくちばしでつつきまわしている。このままでは埒が明かないことを察した私は、しぶしぶそのカラスたちの元へ近づいた。
 七夕の立ち絵            
「ホラ!あっちから近づいてきてくれましたよ!挨拶位したらどうなんです!」と脳天にくちばしの三連撃を食らったその人はようやく口を開いた。「……。七夕(しちせき)…です…。」それだけ言うとまた目線を下げてしまった。「コラ!ようやく喋ったと思えばそれだけかい!全くもうこれだから、、コイツは七夕の節句さ。さっきはしちせきと名乗ってたが、七夕(たなばた)の方が知られてる。上巳の兄ちゃんなんかはバタちゃんって呼んでらぁな。ついでにアタシはカラスじゃなくて、カササギさ。」と七夕さんの代わりに紹介してくれた。せっかくならバタさんとでも呼ばせて頂こう。その隣の牛は眠くなりそうな声で「ウシくん…だモウ~~。」と続けた、うん、でしょうね。 
           
それにしても七夕と言えば、笹に願いを飾るような五節句の中でも花形っぽい雰囲気だが…バタさんの雰囲気はお世辞にも明るいとは言えない。何かあったのだろうか。
「辛気臭くて悪いねぇ。コイツってば織姫にフラれちまってさぁ!それからずっとこのザマなんだよ。」「しかも…不倫されてたんだモウ~~。」と緩い見た目で全く緩くない事実を2匹は語った。そんな大っぴらに言っちゃっていいんだろうか。
色々と心配の目を向けていると、カササギさんがこちらに飛んできた。「だからさぁ、アンタどうだい?今は根暗だが、恋愛に現を抜かさなきゃ働き者だし、こんなんでもいいヤツなんだよ!連絡先だけでも交換しないかい?」そう来たか。どうやらロックオンされたらしい。というか連絡先って何なのだろう、少し気になる。返答に窮していると、ウシくんが助け舟をだしてくれた。
「突然すぎるモウ~~…もっとちゃんと段階を踏むモウ~~」…泥船だった。だめだこれ。そうして何故か、バタさんのアピール大会が始まってしまった。
             
「たまにはウシも言いこというじゃぁないか!たしかにコイツのことをもっと知ってもらわなくちゃな。そうそう、アンタがさっき命を救われたクッションだけど、あれはコイツが作ったんだよ。元々七夕ってのは裁縫上手の織姫にあやかって、裁縫の上達なんかを祈るもんだったのさ。つまりコイツは恋愛に現を抜かすなかで、織姫から裁縫のイロハを学んでたもんで、今じゃ彼女無くて才だけ残ったって訳さ!ちなみに上巳の兄ちゃんの服なんかもコイツが仕立ててやったんだよぉ。だからどうだい、こんな優良物件なかなか無いだろう?」
カササギさんの猛プレゼンにウシくんも頷くばかりである。それにしてもジョウちゃんの服もお手製とは、バタさん凄いんだなあ。いや、本人が一度も発言しないアピール大会の方が凄いけど。それにしても、ご本人はどう思っているんだろう。好奇心に任せて聞いてみる。「バタさんはどうお考えなんですか?」
バタさん…!?と少し目を見開いてからようやく口を開く。「…皆好き好きに願いを書きますが……、自分の恋愛すら叶えられない奴に…どうしろって言うんでしょうね…。」
ね、ネガティブ…!!想像の数百倍ネガティブだった。とはいえ、下手に慰めるとカササギさんたちに完全につかまりそうだ。コメントに困ってしまう。
「たしかに…僕は落ち込んでます…。でもキミは、ちゃんと帰るべきところに帰るべき…です。」
そう呟くと、バタさんは控えめに私の袖をつまんで、扉の前へ連れて行った。「キミの、元の場所へ帰りたいという願い位は…叶えてみせますよ。」ほんの一瞬頼もしい表情でそう口にした彼は優しく私の背中を押した。カササギさんの言う、以前の彼はあんな風だったのかもしれない。
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